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9月号特集:『しない自炊』佐々木徹

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9月号 特集『しない自炊』 佐々木徹 
 

 

 

 

 

『しない自炊』の第一人者である佐々木徹。一見、グルメで料理上手に見える彼の内側に潜むのは、自炊しないことで培ってきた胆力と精神力。一方で、「自炊してそう」と思われるのが嬉しいと話す、キュートな一面も持ち合わせている。柔軟さと剛健さを兼ね備えた彼は『しない自炊』文化の奔流で、日々、鍛錬を重ねている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この文化がどういった歴史の上に成り立ってきたのか調べた時に、自分の名前が残ってたら面白いですよね」

 

 

「包丁は買いましたが、Amazonダンボールを開封する時にしか使ってませんね(笑)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

- インタビューを受けるのは初めてですか?

 

佐々木:そうですね、こういったインタビューは初めてです。私のほかに、自炊しない人のインタビューも見たことはないですね。ここ数年で『しない自炊』が、マジョリティーとまではいかないまでも、わずかながら市民権を得てきた、認知する人が増えてきたように思いますね。今後はメディアなどでも取り上げられる機会が増えてくるのではないでしょうか。

 

 

 

- 『しない自炊』が、自炊に対するアンチテーゼでなく、独自の文化として起こってきたのも面白い動きですよね。佐々木さんは『しない自炊』の第一人者として認識されていますが、ご自身としては『しない自炊』界を牽引している感覚はありますか?  

 

佐々木:さほど認識していないですね。まだまだ「映画」や「漫画」などから比べれば、文化として未熟なものであるし、今は同じ志の人たちと手を取り合って文化の土台を作っている感覚に近いですよ。いつかは、我々が作った土台の上で、より美しく高尚な『しない自炊』や、よりバリエーションが多い『しない自炊』、また、他の文化とミックスされた『しない自炊』が次々に生まれてくると信じています。それらを生み出す次の世代の人たちが、この文化がどういった歴史の上に成り立ってきたのか調べた時に、自分の名前が残ってたら面白いですよね(笑)。

 

 

 

- なるほど。自炊をしない文化の全体図がなんとなく見えてきました。今度は佐々木さん個人について聞いていこうかと思います。本格的に自炊しないようになったのは 5~6年前とのことですが、もともと、あまり自炊をしていなかったそうですね。本格的に活動していこうと思ったキッカケは何ですか?

 

佐々木:ひとつのきっかけとして、引っ越しがあります。2011年の春に、知人とハウスシェアをすることになり、各自で家電を寄せ集めることになりました。もともと冷蔵庫と炊飯器、包丁など、ひと通り所有していたのですが、引っ越しの際に破棄することにしたのです。引っ越してからは、スーパーがやや遠い位置にあり、毎日外食かコンビニ弁当の食生活になりました。2013年にハウスシェアを解散し、一人暮らしに戻るのですが、それでも冷蔵庫や炊飯器などを買う必要性を感じず、今に至ってます。あ、包丁は買いましたが、Amazonの段ボールのガムテープを切る時にしか使ってませんね(笑)。

 

 

 

- なるほど。強い意志があって、というよりは成り行きや環境によってそうせざるを得ない部分もあったのですね。数年間で 2度も住環境が変わったようですが、自炊環境はもとより、1度目の引越しと、2度目の引越しと、精神面での変化は何かありましたか?

 

佐々木1度目の引越しの際に、「危険な世界に踏み込んでしまったのではないか?」という感覚がありました。自炊をしないで本当に生きていけるのか、健康に支障は出ないか、といった不安です。一方で、2度目の引越しの際には、1度目で得た知見や経験があったので、心境の変化はさほどありませんでしたね。ただ、共同で使えていた冷蔵庫が無くなるというライフスタイルの面での変化はあったので、その点が気掛かりでした。しかし、今となって考えてみると、あの不安は大した問題ではなかったと気づきましたけどね。この 2度の引越しで本格的に自炊をしなくなっていくわけですが、「自分を追い込む」のではなく、「自然とそうなっていった」という感じです。さらに、2度目の引越しを経てしばらく経つと『しない自炊』のプロになれるのではないかという希望が湧いてきたのも事実です。そこから現在にかけて、徐々に、プロへ転向する決心がついてきました。

 

 

 

- 柔軟な適応力をお持ちですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『野球に興味が無いのに野球を続ける」というのが、自分の中で楽しかったんですよ』

 

 

「『乗り越えるぞ』というマインドを持つことが、唯一、不安に打ち勝つ方法かもしれないです」

 

 

 

 

 

- 少し遡りますが、少年時代の佐々木さんはどういったタイプでしたか?

 

佐々木:こだわりがあるというか、何かひとつの事に熱中するタイプでした。そこは今も変わらないですが。『シムシティ』という街づくりのゲームでは、あらかじめ方眼紙に設計図を描いてからゲーム内で街を作ったり、スーパーマリオブラザーズでも、コントローラーを逆さまに持ってクリアしようとしたり。いま思えば、こだわり続ける遊びをよくしてましたね。小学生の時は、少年野球のチームに入っていたのですが、野球のルールは知らないし、特に興味もないのに、小学2年生から6年生までやりました。「野球に興味が無いのに野球を続ける」というのが、自分の中で楽しかったんですよ。高校生になると、3年間「無口で大人しいキャラ」を演じ続けて、卒業間近になってから、全校生徒の前で踊り狂ってみたり。何かひとつ、こだわり続けるのが快楽でしたね。恐らく『しない自炊』を続けてこれたのも、こういった、こだわり続ける性格に基づいてるのかな、と思います。

 

 

 

- 虎視眈々と準備をされるタイプですね。しかも、それを何年も楽しみながらやっていると。かなりの軍師タイプですね! 個人的に気になるのですが、高校時代の話は、卒業間近になってから躍り狂うというところまでを最初から計算されていたんですか?

 

佐々木:そうです。中学卒業時の文集に載せた作文だったと思うのですが、実は事前に前振りをしていて。「高校生になったら無口になります」とあらかじめ宣言していたんですよね。計画自体は、中3の卒業時期にはすでに決めていました。

 

 

 

- なんと!中学時代に決めていたんですね!

高校の同級生はさぞ驚かれたでしょうね(笑)。長い時間をかけて淡々と策を練る反面、自炊しない第一人者には成り行きでなったということで、そのギャップは大きかったと思います。実際、準備する暇もなく自炊しないでやっていくことになった際には、どのように覚悟を決めていったのでしょうか。先ほど、不安があったと仰っていましたし、そういった想定しない場面での不安との向き合い方がありましたらお聞かせください。

 

佐々木:覚悟を決めるというよりも「なるようになれ」という感覚に近いかもしれません。不健康になるというようなことは想定できる不安ではあるものの、「いつ不健康になるか」までは推測できません。自炊しないことで、いつ想定外の事件に巻き込まれるかは、プロとなった今でも予測ができません。なので、そういった予測がつかないことに対して「乗り越えるぞ」というマインドを持つことが、唯一、不安に打ち勝つ方法かもしれないです。たとえば、ある時、地方に旅行した友人から、お土産に佃煮をもらいました。すぐにホカホカのご飯を用意したかったのですが、炊飯器も米もありません。レンジでチンするタイプのごはんも、レンジがないので温められません。スーパーでごはんを買ってくるのも手ですが、あいにく、帰宅時間がスーパーの閉店後だったのです。保存しようにも冷蔵庫がなく、夏だったので常温では無理でした。しかたなく、佃煮だけで食べました。しかしながら、素材の味がこれほどまでにダイレクトに伝わるのかと感銘を受け、とてもおいしかったです。気がつくと、完食していましたね(笑)。私たちは、技術の進歩により生み出された様々な電化製品に囲まれて生活しています。便利という感覚が当たり前になってしまった今、不便であった時代のことを忘れてしまっているようです。自炊しないというのは、一見すると、とても楽をしているようにも思えるのですが、むしろ、楽をする為の選択肢は少なくなってしまいます。それを突き詰めることで、「便利とは何か」ということについて深く考えるきっかけにもなるのだと思います。

 

 

 

- なるほど。「乗り越えるぞ」というマインドを持つということについては、誰もが見習いたい姿勢であるかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「厳しいルールのもとで文化が縮小してしまうより、『いい加減』なくらいがちょうどいいんですよ(笑)」

 

 

 

 

 

- ところで、自炊しないとなると外食の機会が多いかと思われます。普段はどういったものを食べているのですか?

 

佐々木:主に松屋すき家などの牛丼チェーン、バーガーキングマクドナルドなどのハンバーガーチェーンで外食を済ませます。自宅で食べる場合はスーパーやコンビニのパン・おにぎり・お弁当を食べています。カップ麺はあまり食べませんが、たまに、やきそば系のカップ麺をネットでまとめ買いすることもあります。袋麺は買いませんね。

 

 

 

 

 

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▲ 「松屋チャレンジ大成功です」と、嬉しそうに語る佐々木氏。写真は『麻婆定食』(630円)

 

 

 

 

 

- ザッと聞いた限りでは、栄養面で偏りがありそうですね

『しない自炊』活動を行っていく上で、バランスの取れた食生活をしていくことはやはり難しいのでしょうか。今後、自炊しないで生きていきたいと思っている人に向けて、健康面でのアドバイスがあればお願いします。

 

佐々木:たしかに、野菜不足は否めないですね。身体の不調が出てきたらブロッコリーを一房ゆでて食べるなど、応急処置をすることがあります。

 

 

 

- 茹でることはできるんですね!

 

佐々木:茹でる行為は、自炊に含まれるという派閥もあります。たしかに、袋麺やパスタなどは、麺やレトルトパウチを茹でることで調理が完了するので、自炊と言えなくもないのですが、これらを自炊に含まないと考える派閥は、「調理が完了しているものを、温めたり食せる状態に近づけることは自炊に当たらない」という認識をしているみたいですね。とはいえ、いまだにはっきりした定義がないのですが(笑)。その他にも、意識して食べているのは果物だとバナナ。これは手軽に食べられます。また、卵は常温でも平気なので、冬場は生卵ストックしておき、2つまとめて飲むようにしてます。豆類は、豆腐を食べます。それと、魚類は缶詰で済ませていますね。缶詰は、ネットでまとめ買いをして、常時、20個ほどのサバ缶をストックしています。自炊をしなくても、豆腐や缶詰など、開けるだけですぐに食べられるものが意外とたくさんあるんですよね。また、グラノーラなんかもまとめ買いをしていますね。もちろん、冷蔵庫を置いていないので牛乳は買えませんが、ウォーターサーバーを導入しているため、よく、冷たいお水でグラノーラを食べています。『しない自炊』を目指す方は、まず保存が効く食べ物が何かを考えることからスタートするのが良いかと思います。

 

 

  

タンパク源などは、小分けしてあるものが多いですもんね。そうなると、先ほどの「便利とは何か」という話にも繋がりが見えてきました。アドバイスを頂いた一方で、実際に『しない自炊』を志す若い人たちはまだまだ少ないように思います。こういった活動を普及させていくことについて、佐々木さんとしてはどのように考えていますか?

 

佐々木:『しない自炊』文化に関わる人たちの間では、文化の形成、発展に際して、自炊をしないということについての捉え方が人によって様々に、多岐多様になっていく必要があると考えられており、プロの人たちもそういった認識のもとで行動しています。厳しいルールのもとで文化が縮小してしまうより、ある程度「いい加減」なくらいがちょうどいいんですよ(笑)。なので、これからの世代を担う若い方々には、「自炊しない」という一方通行の考え方だけでなく、「自炊をする派」「いつかは自炊してみたい派」「海外の自炊しない派」など、色々な人の意見に耳を傾けて欲しいと思います。その中で、自分に合った生き方を見つけたり、新たな潮流を生み出す力を身につけていって欲しいと思います。

 

 

  

- 初めに言ったように「自炊派」との対立が見られないだけでなく、自炊の定義に関する考え方の多様性もきちんと受容しあっているのですね。そう考えると、「自炊」自体がとても成熟した文化なのだと言えそうですね。

 

 

 

 

 

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▲ カメラが欲しいと言いつつ、「どうせ松屋の写真しか撮らないんだけど…」と自虐を笑いに変える佐々木氏。写真は『豚バラ焼肉定食』(550円)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「結局は、自分との戦いになると思います」

 

 

 

 

 

- 国内の自炊しない文化についての全体図は見えてきましたが、たった今お話しされたように「海外の自炊しない派」についても伺いたいです。

 

佐々木:仕事柄、中国での『しない自炊』については間近で見る機会が多かったのですが、そこでの経験を話したいと思います。中国では、日本と異なり、街中で朝、昼、晩を問わず、屋台が出ています。特に、大きなビルの前では果物や煎餅(中国式クレープ)の屋台があり、朝食を勤務先の前で買う会社員をよく目にします。朝食を抜いた人か、もしくは、自炊しない人が購入しているようです。ランチは外食することが多いのですが、出前の文化も発達しており、デリバリーして社内で食べるケースも多いです。とにかく辛い丼ものや、謎の麺類など、中国ならではの多彩なバリエーションの出前があります。会社でまとめて注文し、余ったものを持ち帰って夕食にするというケースもあるそうです。昼下がりには、果物をおやつとして摂取する文化があるようで、ライチやバナナ、ドラゴンフルーツなど、日本で自炊しない方々よりも果物の摂取が多いように感じます。また、夜遅くまで営業している飲食店が多いため、コンビニで済ませるよりかは、飲食店で食べるか、テイクアウトするかが多いように感じました。羊肉串など、香ばしい香りが漂う屋台が多く、自炊しない人にとっては悩ましい選択肢だと思いますね。もちろん、経済成長したとはいえ、まだまだ物価が安いので、『しない自炊』を低コストで実施できる環境が揃っていると言えるでしょう。日本での『しない自炊』は、環境や立地条件でも異なるとはいえ、自炊するのも自炊しないのも、コスト面での差はそこまで大きくないですから。したがって、中国での『しない自炊』は日本に比べて、よりスタートしやすい環境だと言えますね。

 

 

  

- ありがとうございます。日本では、自炊すること自体が良いこととして扱われる場面が多いかと思います。そうなると、国内で『しない自炊』の第一人者である佐々木さんのような方をもっと増やしていかなければ、日本の自炊しない文化は、今後ますます世界から置いていかれてしまうのではないでしょうか。ある国では政府から、自炊しない人々に対する支援があるとも聞きました。実際、海外での自炊しない文化の発展スピードは、日本と比較してみていかがでしょうか。 

 

佐々木:どうなのでしょうか? 私も世界各国の自炊しない文化を見てきたわけではないので、一概には言えませんが、過去から現代に至るまでの社会の発展度を見ると、自炊しない文化はますます発展していくものだと思いますね。

 

 

 

- 社会の発展に伴って成熟していくのは、どの文化でも同じなんですね。ありがとうございます。そろそろまとめに入りたいと思います。これまで、自炊しない文化の発展という視点から語って頂きましたが、さらなる発展のためには、自炊しない人たちが、少しずつでも、自炊しないことを継続していくことが重要になってくるかと思います。今まさに自炊していない人、また、これから自炊しないでいこうと考えている人たちに向けて、『しない自炊』を継続していくために必要なことがあれば教えてください。

 

佐々木:「己との戦いに勝て」。この一言につきると思います。「自炊しない」はプロスポーツなどとは異なり、大きな大会などありませんし、理解してくれる人も現状では少ないかもしれません。継続するにも、ゴールを決めるにも、常に自分自身で決断していかねばなりません。時には「自炊したい」といった甘えの感情に悩まされることも多いでしょう。結局は、自分との戦いになると思います。私もそうですが、『しない自炊』プロの人のほとんどが、こう言います。

 

 

 

"『しない自炊』を極めることは、日々の精神の鍛錬であることに気がつく。"

 

 

 

 

 

佐々木:ちょっとハードルが高いように感じるかもしれませんが、ぜひみなさんも、自炊しない世界を覗いてみてください。

 

 

 

-『しない自炊』の今後に期待しています!ありがとうございました!

 

 

 

 

 

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▲ 写真を撮影し、無言で Twitterに掲載し続ける佐々木氏。その姿勢からは、日々の鍛錬の厳しさがうかがえる。写真は『鶏のバター醤油炒め定食』(Wサイズ:930円)

 

 

 

(撮影:佐々木徹)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐々木徹(@sakekumajp) 『しない自炊』第一人者 本業はサラリーマン

 

大学を卒業し、就職を機に自炊をしなくなる。2010年頃より本格的に活動する。本業である会社員として身を固めつつ、パラレルキャリアとして実績を上げ、『しない自炊』文化の発展に貢献し続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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